時計のコラム
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石崎時計店 第2号
世界一の超複雑時計を見てみたい
ウォッチメーカーコース学科長  石崎 文夫

もし、現在世界で一番の超複雑時計を見たいのなら、ジュネーブにある「パテック フィリップミュージアム」への訪問をおすすめします。この中に「キャリバー89」と名づけられた懐中時計(ポケット・ウォッチ)があります。(写真1,2)
1989年にパテック フィリップ社創立150周年を記念して、計4個(外装ケースの素材違いで、18金イエローゴールド、ホワイトゴールド、ローズゴールド、プラチナ)がつくられました。
写真1:キャリバー89の展示
ちなみにここにあるのはプロトタイプで、18金イエローゴールドのものです。
研究開発に5年、製作に4年、合計9年の歳月を要しました。直径8.82cm、厚み4.1cmありますので、かなりの大きさのポケット・ウォッチです。
また、ケースが18金ゴールドで、重さが1.1kgもあります。普通のステンレスブレス付のウォッチで130g〜150g、携帯電話で130g前後ですから、身につけて歩くには相当の体力が必要です。この時計は1728個のパーツでできています。(写真3)

通常の3針時計(時針、分針、秒針)で約100前後、複雑時計といわれるクロノグラフでも約150前後ですので、この部品の数だけを聞いても“すごい時計だ”と思わされます。この1728個の部品が、33もの超複雑機構を動かします。図1はその複雑機能の一覧です。
写真2:キャリバー89の表、裏
写真3:キャリバー89のムーブメント


図1:キャリバー89の複雑機能 
1
恒星時の時間
17
天空星座図(ジュネーブ)
2
恒星時の分
18
月齢ムーンフェイズ
3
恒星時の秒
19
イースターの日付
4
第2タイムゾーンの時刻
20
クロノグラフ
5
日の入り時刻(ジュネーブ)
21
スプリットセコンド・クロノグラフ
6
日の出時刻(ジュネーブ)
22
30分計
7
均時差
23
12時間計
8
トゥールビヨン
24
グランド・ソヌリ・チャイム
9
永久カレンダー
25
プティット・ソヌリ・チャイム
10
日付(レトログラード表示)
26
ミニッツ・リピーター
11
西暦年(3ディスク)
27
アラーム
12
曜日
28
ムーブメント・パワーリザーブ
13
29
チャイム・パワーリザーブ
14
閏年サイクル
30
チャイム停止装置
15
世紀ごとの閏年修正
31
リュウズ位置インディケーター
16
太陽針
(季節、分点、至点、黄道12宮)
32
ツイン・バレル
33
4ウェイ・セッテイング・システム


複雑機能の過去の最多記録は、1904年の「ルロワ01(Leroy)」の20機能、1933年の「ヘンリー・グレイブス(Graves)」の24機能ときて、1989年の「キャリバー89(Calibre89)」の33機能となります。この3つの時計を世界3大超複雑時計と言ったりする場合もあります。世界3大超複雑時計つながりで、ルロワ01、ヘンリー・グレイブスにもふれておきます。


「ルロワ01」は1904年にフランスのウォッチメーカー、ルロワ一家がポルトガル人の医師の依頼で、7年かけて製作しました。時計は975のパーツで構成され20の複雑機能があります。
125都市の時刻を表示するワールドタイム、リスボンの日の出、日の入り時刻の表示、永久カレンダー、ムーンフェイズ、星座図(リスボン、リオデジャネイロ)、太陽の位置表示、クロノグラフ、スプリットセコンド機能、チャイム(3音階)、ムーブメントのパワーリザーブ等の20機能、さらに、温度計、湿度計、気圧計、高度計、磁気コンパスなどの5つの付加機能もついています。
この時計はご覧のように、外装ケースに「時」をテーマにした素晴らしい彫金が施されています。(写真4)
写真4:ルロワ01の外装


「ヘンリー・グレイブス」はニューヨークの銀行家、美術愛好家ヘンリー・グレイブス・ジュニアの「今までで最も複雑な時計を作って欲しい」という注文でパテック フィリップ社が製作しました。研究開発に3年、製作に5年、計8年を要しました。
時計は900のパーツで構成され、24の複雑機能があります。キャリバー89が登場するまではまさしく一番の複雑時計でした。
恒星時の表示、西暦2100年までの永久カレンダー、ムーンフェイズ、星座図、日の出、日の入り時刻の表示、クロノグラフ、スプリットセコンド機能、時報チャイム(4つのゴング上でなる、4音階のウエストミンスター・チャイム)ミニッツ・リピーター、アラーム、ムーブメントのパワーリザーブ、チャイムのパワーリザーブなどの機能があります。

写真5:ヘンリー・グレイブスの表、裏
日の出、日の入りの表示はニューヨークでの時刻を用い、星座図はグレイブス邸から見える星座を表示するといった大変凝ったものでした。1933年1月に完成した後、グレイブス氏に16,000米ドルで販売されましたが、その63年後、1999年12月にサザビーズ・ニューヨークオークションで11,002,500米ドル(約13億円)で落札されました。これは1つの時計の売上げレコードとなっています。(写真5)

最後にですが、4個の「キャリバー89」の行方です。1989年、ジュネーブのアンティコラム・オークションで、18金イエローゴールド・モデルが3,200,000米ドル(約3億8千万円)で、ある著名人に落札されました。現在は、残りの3つも合わせ4個すべてが先の著名人の手もとにある、とのことです。
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