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石崎時計店 第7号
このページでは、各国の時計や本校ウォッチコースの情報を紹介しています。
デュフォー先生ありがとう
ウォッチメーカーコース学科長  石崎 文夫

「こんな幸せなことはない」というのが、デュフォー先生の授業を受けた学生たちの感想でしょう。

2004年9月14日から16日の3日間、独立時計師フィリップ・デュフォー氏の模擬授業(以後「ワークショップ」)が本校で行われました。デュフォー氏はスイス「独立時計師協会」のメンバーで、時計を歯車から1つ1つ手作りする数少ない時計師です。「グランソヌリ・プチソヌリ・ミニッツリピーター」に代表されるような超複雑時計と、近年取り組んでいる“パーツの仕上げが美しい”「シンプリシティ」(写真1)が、彼の時計です。規格ものの時計製造に関する最高品質基準というと「ジュネーブシール」(注1)が有名ですが、デュフォー氏は仕上げを全て手作業で行うため、完成度は更に高まります。(写真2)
デュフォー氏、近年の代表作「シンプリシティ」
写真1: デュフォー氏、近年の代表作「シンプリシティ」
注1 ジュネーブシール
ジュネーブ州が定めた高度な品質規定。
「スチール部品の縁はポリッシュ仕上げ、側面は長さ方向にヘアライン仕上げとし、見える面は滑らかに仕上げられていること」、「ネジ上面はポリッシュ仕上げまたはサーキュラーグレイン仕上げとする」など、細かい規定がある。
シンプリシティのパーツの仕上げ。エッジの鋭角な部分は手仕事だから出来る技。
写真2: シンプリシティのパーツの仕上げ。エッジの鋭角な部分は手仕事だから出来る技。

今回のワークショップは、「パーツの美しい仕上げ(beautiful finishing)」がテーマ。学生はたっぷり3日をかけて、たった1つのパーツを完成させます。デュフォー先生が用意したそのパーツは、1920年代のポケットウォッチに使われたエボーシュ(半製品)のジャーマンシルバー製ブリッジ(受け)です。(写真3)

左がエボーシュのブリッジ。右は学生が仕上げたもの。外縁、穴の面取りもしっかりなされている。
写真3: 左がエボーシュのブリッジ。右は学生が仕上げたもの。外縁、穴の面取りもしっかりなされている。

ワークショップの手順は全6工程(表1)。学生はひとつの作業を終えるとデュフォー先生に見せ、OKがでれば次のステップへ進みます。これがなかなか厳しくてOKがでません。あっという間に1日目は終了。2日目は学生もコツをつかめたのか、OKをもらえる回数も増えてきました(写真4)。最終日には、ジャンシャン(写真5)を使い、キュッキュと音をたてて磨きにかかる学生もでてきましたが、完成しなかった学生も大勢います――磨きにジャンシャンを使うのはジュウ渓谷の時計職人伝統の方法ですが、今ではデュフォー氏しか使わなくなってしまったそうです。
デュフォー先生にチェックを受ける学生たち。
写真4: デュフォー先生にチェックを受ける学生たち。

表1 仕上げの手順
1 荒削りされているパーツの外周(面取りもする)をヤスリで整えながら滑らかに仕上げる。
2 エメリースティック(木の棒に紙やすりを貼り付けたもの)を使い仕上げる。
3 バーニッシャー(古くなったヤスリの目を落とし、縦方向に細かなヤスリ目を入れたものを利用)でさらに細かく仕上げる。
4 ペグウッド(つげ、柳などの目の細かい木の棒)にダイヤモンドペーストをつけ仕上げる。
5 ピスウッド(やわらかい植物の芯、キビガラのようなもの)でからぶきをしてさらに仕上げる。
6 ジャンシャンに少量のダイヤモンドペーストをつけ最終仕上げをする。
「ジャンシャン」はジュウ湖畔に自生する潅木。この根からは80度のリキュールもできる。
写真5: 「ジャンシャン」はジュウ湖畔に自生する潅木。この根からは80度のリキュールもできる。

最後に、仕上がったパーツの講評会を開催(写真6)。パーツのフォルムを大胆に変えてしまった(失敗?)学生は、「ピニンファリーナ(フェラーリのデザイナー)のようだ」と言葉を贈られていました(笑)。

デュフォー氏は今回のパーツを、たった4時間で仕上げてしまうそうです。それを聞いた学生は、「自分は2日半かけて1つのパーツも仕上げられない。そんなパーツばかりでできている『フィリップ・デュフォーの時計』は500万でも安い!!」と満足そうに言っていました。
TV画面に映し出された学生のパーツ。先生が次々に講評していく。
写真6: TV画面に映し出された学生のパーツ。先生が次々に講評していく。
デュフォー氏は以前より、「時計で自分が発明したものなどない。だから秘密もない。ジュウ渓谷の先輩時計職人の技術を受け継ぎ、それを伝えるのが自分の使命だ」と言われていました。今回の授業では、まさしくその精神や技術がヒコの学生に伝授されました。時計文化の継承者たる熱意ある若人達であれば、スイス人だろうが、日本人だろうが、デュフォー氏にとっては大きなことではないようです。デュフォー先生、本当にありがとう!
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