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石崎時計店 第13号
このページでは、各国の時計や本校ウォッチコースの情報を紹介しています。
ヘンリー8世とホルバインと携帯時計 〜時計が初めて身につけられたとき〜
ウォッチメーカーコース学科長  石崎 文夫


写真1: ハンス・ホルバインの描いたヘンリー8世の肖像画
写真2: 「ドラム型時計」ぜんまい、その動力を伝えるガット、円錐滑車、冠型脱進機などが、直径約5.5センチのケースに納まっている。ムーブメントはすべて鉄製。
1536年にハンス・ホルバイン(*1) が描いた肖像画を見てください。(写真1)イギリスの国王ヘンリー8世です。胸元に、ペンダントのようなものが吊るされているのがわかりますか。実はこれ、時計なのです。

時計が「卓上のもの」から解放されて携帯され始めたのは、1500年代初頭といわれています。この絵は、ちょうどその時代のファッションも含めた、時計の貴重性を表すものと見られるでしょう。このタイプのものは、その形態から「ドラム型」と呼ばれ「一番初めに携帯された時計」として知られています。

最初に製造されたのは、南ドイツだそうです。当時はペンダントのように首にかけたり、腰から下げるような装着の仕方で、懐中時計のようにチョッキのポケットに入れ始めるのは、時計がもっと薄くなってからのことです。この絵の時計は、どうやらすかし彫り、彫金された蓋つきのもののようですね。

これと同型の時計が、ジュネーブのパテック フィリップ・ミュージアムにあります(写真2)。1530年から40年頃、南ドイツのニュールンベルグかアウグスブルグで製造されたもので、真鍮に金メッキされたケースは彫金され、蓋には透かし彫りがされています。針は1本で時針のみ。当時の時計は1日に1時間程度の狂いは普通で、分針は必要ありませんでした。2本の針の時計は、ずっと後の1675年クリスチャン・ホイヘンスがテンプとヒゲゼンマイを持つ時計を発明するまで待たなくてはなりません。

先述の絵を描いたハンス・ホルバインとヘンリー8世にも触れましょう。ホルバインは1497年に南ドイツのアウグスブルグで生まれました。

*1 ハンス・ホルバインはアンテーク・ジュエリーの世界でもホルバイネスク様式として名前を残している。
ホルバイネスク様式(写真3)はヴィクトリア時代中期(1860年〜1880年頃)に流行したもので、大振りな宝石の周りの色鮮やかなエナメル装飾が特徴。大英博物館に残されたホルバインのジュエリーデザイン画が元となって、名前がつけられたが、実際には雰囲気だけで、そのまま同じではないと言われている。

1526年にロンドンにわたり、1536年よりヘンリー8世の宮廷肖像画家になっています。質感表現力に定評があり、そのため時計の特徴もよくわかりますね。

ヘンリー8世は1509年から亡くなる1547年までイングランド王として君臨し、エリザベス1世の父親で絶対王政を築いた人として知られています。また、シェイクスピアの史劇の主人公にもとりあげられている人です。

肖像画を見ると、その当時の時計はいかに貴重で、大切にされていたかが伝わってきます。 “時計がはじめて身につけられたとき”は、時計をこのように誇示したりして、楽しんだのでしょう。

写真3: ホルバイネスク様式のジュエリー
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