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第82号 「北魏の石仏像」

私は前置きが嫌いだ。前置きを長々と話す人に会うと、すぐ「結論は」と思ってしまう。頭の悪い人ではないかと疑ってしまう(失礼!)。もちろん。面白おかしい雑談は別。

さて、筆が走ってしまったので本題に入ろう。写真1〜3(写真はすべて拡大してご覧ください)を見て欲しい。この像は今年4月、日本橋の有名な骨董店でひと目で私を虜にしてしまったものだ。どの国の、いつの時代の仏像かどうかに関係なく、気に入ってしまったのだ。だから、しげしげともう一度、私の気分になって見直してもらいたい。1分は見てもらえるだろうか? この直感の世界をしばらく体験してから(実物を見ないとこの感じはわからないかな?是非理事長室で見てもらいたい)、少々理智の世界に入っていこう。

国は中国、北魏の時代だ。4世紀後半くらい、仏教が中国に伝わった頃だ。秦、漢が亡び、三国時代(魏、呉、蜀。この魏の国に卑弥呼が使いを送ったのが魏志倭人伝だ。中国の歴史小説で最も私が好きなのが三国志で小学6年生のとき、吉川英治の全16巻を読んで、こんなに面白い世界があったのかと急に大人になった気分がしたものだ)を経て、中国は戦争と混乱の時代に突入し、ようやく隋、唐の時代に入る。この混乱の時代名は五胡十六国時代、あるいは南北朝時代ともいわれる。

この時代の、一般に北魏といわれる時代の始まりは万里の長城の外にいた異民族(漢民族ではない)鮮卑族(せんぴぞく)という民族が、中国北部を支配した時代だ(写真4の地図を見て欲しい)。この仏像の質素な、若々しい体のみなぎりは、その国を興した清新の気が表れているように思う。顔は照明によっては青年のようにもみえるし、若武者のようにも見える。いわゆるアルカイック・スマイル(古代の微笑)だ。この時代から2〜300年経って、やっと日本に仏像が伝わり、奈良飛鳥寺や法隆寺の仏像のアルカイックスマイルとなって伝わっていく。両肩を覆う衣服がいかにも辺境の民族の質素さを伝えている。ガンダーラ仏像にみられるジュエリーは一切ない。

一般に北魏の仏像といえば、千三つ(せんみつ。不動産業の合言葉で、話がまとまるのは千に三つという意味)ではなく、千一(せんいち)といわれる程、本物に出会うことは少ないという。しかし私にとっては、それはどうでもよくて、この石像のもつ愛らしさと勢いがひと目で気に入ってしまったのだ。 この仏像は、一般には今から千七百年も前のものとなる。日本は卑弥呼の時代から百年後、古墳時代だ。これから2百年経って、聖徳太子の時代となり、やっと仏像が日本に定着する。そんなに古いものなのに、今、私にその魅力を語りかけてくる。

10/11/25


(写真をクリックして拡大してみてください。

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写真3
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写真4
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